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東京高等裁判所 昭和51年(く)23号 決定 1980年10月16日

申立人 滝淳之助

主文

原決定のうち原判決判示第九の強盗事件につき再審請求を棄却した部分を取り消す。

右事件について東京地方裁判所の再審を開始する。

その余の本件抗告を棄却する。

理由

第一原判決判示第八の準強盗事件について

本件に関する抗告の要旨は、右事件の犯行日が昭和二五年「二月」一一日か同年「三月」一一日かについては両様の証拠があるので、犯行日が「三月」一一日であることを前提とする請求人のアリバイに関する各証拠は「疑わしきは被告人の利益に」の原則に照らし再審証拠の明白性を具備するものというべきであり、かりに犯行日を「二月」一一日と想定しても請求人はその頃秋田に帰省していたので本件犯行に関与することは考えられないから、原決定には証拠判断の誤りに基づく事実誤認、法令違反がある、というものである。

しかし、関係各証拠によれば、昭和二六年九月二〇日付追起訴状謄本及び原判決書原本に本件準強盗の犯行日として「昭和二五年二月一一日」と記載されていたことは原決定のとおり肯認できる、そして、弁護人が原審に提出した訴訟記録の写(日弁連人権擁護委員会が請求人のために原判決の確定記録を謄写人に筆写させたものを更に機械転写したもの)につき当審で筆写原資料に則して調査した結果によれば、所論が犯行日を「三月」一一日と推認させうる証拠として引用する宮内かね、栗山たけの司法警察員に対する各第一回供述調書については、全文が黒字で書かれているのに各前文(供述年月日など)中の「三月」とある部分の「三」の第一画「一」の部分のみは二通ともにブルーブラツクのインキで記入されていて、原筆写時には「二月」となつていたのではないかとの疑いがあり、また、本事件の罪状認否が行われたものと推認できる原判決裁判所第三回公判(昭和二七年五月一四日)調書(写)によれば、請求人が昭和二五年二月二六日から同年五月一三日までの間別事件によつて身柄を拘束されていたことを理由に、犯行日を同年三月一日とする強盗、窃盗の公訴事実につきアリバイを主張しており、原判決もこれらを無罪としていることが明らかであり、本件の犯行日を同年「三月」一一日とする証拠が確定記録中にあつたものとすれば同様の処理がなされていたものと考えられる。以上の理由により、犯行日を「二月」一一日とする原決定の判断に誤りはない。(なお、所論は、犯行日が昭和二五年二月一一日であるとしても、当時請求人は秋田に帰省中であつたから、請求人が本件犯行を行つたとは認められないというが、右主張は記録上原審において再審請求としてなされた形跡がなく抗告の理由として不適法であるばかりでなく、所論援用の原審における請求人審尋の結果を総合考察しても再審請求の各証拠にこの点の明白性を肯認することはできない)。

以上、原決定のうち原判決判示第八の準強盗事件に関する部分については、所論のような事実誤認、法令違反はなく、右に関する本件抗告は刑訴法四二六条一項により棄却することとする。

第二原判決判示第九の強盗事件について

本件に関する抗告の要旨は、原判決書謄本記載の犯行日は「昭和二五年五月二〇日午前二時ころ」となつているところ、原決定が関係各証拠から請求人が別件賍物牙保の容疑で同年五月一八日から同月二〇日まで身柄拘束状態にあつた事実を認めながら再審開始後の審理手続における訴因変更の可能性を理由に本件再審証拠の明白性を否定し、かつ、請求人が原判決前の審理時にことさらアリバイを主張しなかつたものとして右証拠の新規性を否定したことには、再審証拠に関する事実誤認、法令違反がある、というものである。

そこで、関係各証拠を検討すると、裁判所書記官田中一男の訟廷用紙(証拠略)記載によれば、昭和二六年九月二〇日付追起訴状謄本記載の本件公訴事実の犯行日も原判決と同様「昭和二五年五月二〇日午前二時ころ」となつており、原判決裁判所における審理過程で犯行日時につき訴因変更の問題はなかつたこと、(証拠略)によれば、本件強盗事件は同年五月一九日深夜から翌二〇日午前二時ころまでの間に行われたもので、犯人の退散直後に被害者からの通報を受けた警察官らが現場に駆けつけ実況見分などの捜査に着手したこと(右事件が右日時ころ発生したものであることは当審で検察官が提出した昭和二五年五月二一日付神奈川新聞のコピーによつても裏付けられている。)が認められる。

してみると、本件強盗事件の犯行日時は、確定記録中の関係各証拠により特定済のものであつて今後の立証の如何により変更の余地があるとは認められないから、弁護人提出の本件再審証拠のうち請求人が昭和二五年五月一八日から同月二〇日までの間警視庁上野警察署に身柄拘束されていたことを窺わせる警察庁刑事局鑑識課長作成の滝淳之助に関する犯罪経歴の調査結果について(回答)と題する書面及び東京家庭裁判所長作成の滝正雄こと滝淳之助の少年保護事件についての調査について(回答)と題する書面(原審で取り調べた昭和二五年度少年保護簿コピーにより、請求人が昭和二五年五月二〇日上野警察署、東京地方検察庁を通じ身柄付で東京家庭裁判所に送致されたことが裏付けられている。)の各証拠は、原判決前の審理にこれらが提出されていたならば請求人のアリバイの決定的証拠となつて本件強盗事件についての有罪認定を妨げたであろうことが容易に推認できるので、再審証拠の明白性の要件を具備しているものと評価すべきである。また、右各証拠は、原判決確定以後に作成されたものであり、かつ、その内容等に徴し裁判所にとつてはもとより請求人にとつてもあらたに発見されたものといえるので再審証拠の新規性も肯定すべきである、この点につき、原決定は請求人が原判決前の審理当時に本件についてのアリバイが存在したことを知りながらことさらにこれを主張しなかつたものとしてアリバイを証明する前記各証拠の新規性を否定しているけれども、請求人は昭和二二年六月から同二六年一月に至る間の強盗殺人・同未遂一件、強盗傷人一件、強盗一〇件、準強盗一件、窃盗一一件という数多くの事件につき順次訴追、審理を受けていたこと(うち強盗傷人、強盗、窃盗各一件は無罪になつている。)、右審理当時の請求人は年令二二、三歳の青年で、窃盗の確定裁判も二回あり、本件アリバイの上野警察署における逮捕拘束状態と公判審理との間には約二年の歳月が経過していたこと等にかんがみれば、請求人において別件につき前件の未決勾留を理由とするアリバイを主張しながら、本件強盗事件については原判決裁判所の審理を通じ、捜査当時の自白をひるがえしてアリバイの主張をしなかつたことなど原決定が新規性を否定すべき理由として説示する諸事由は、請求人が本件強盗罪の真犯人を庇うとか予め原判決確定後の再審請求を企図するというような積極的・意識的な打算からことさらに本件についてアリバイの主張を差し控えたなど特段の事情が存在する場合は格別、これが認められない以上前記各再審証拠の新規性を肯定すること妨げるものではないというべきである。原判決判示第九の強盗事件については刑訴法四三五条六号所定の事由があり、ひいて論旨は理由がある。

以上、原決定のうち右強盗事件に関する部分は刑訴法四二六条二項により取消しを免れず、右事件については、同法四二六条二項後段、四三八条、四四八条一項により原判決をした東京地方裁判所において再審を開始すべきものとする。

よつて、それぞれ主文のとおり決定する。

(裁判官 菅間英男 柴田孝夫 松本光雄)

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